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妻・子孫

大国主は色々な女神との間に多くの子供をもうけている。古事記には180柱、日本書紀には181柱と書かれている。

正妻であるスサノオの娘のスセリビメについては、記述がない
高志の国の奴奈川姫命(沼河比売)についても記紀神話での記述はないが、葦原中国平定において大国主の子として登場する建御名方神(タケミナカタ)が奴奈川姫との間の子であるという伝承が残されている。

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最初の妻のヤガミヒメとの間に木俣神
宗像三神のタキリビメとの間にアヂスキタカヒコネ(賀茂大神)・タカヒメ(シタテルヒメ)の二神
カムヤタテヒメとの間に事代主
ヤシマムジの娘のトトリヒメとの間にトリナルミ。以降、トリナルミの系譜がトリナルミ以下9代列挙されている。
大国主の求愛を拒んだ女性に、出雲郡宇賀郷のアヤトヒメがある。拒んだ理由として、スセリヒメが嫉妬深い性格であること、スセリヒメの嫉妬を想像したヤカミヒメが子供を斐川町直江で放棄し、故郷の因幡の国にもどってしまったことがあげられ、「出雲風土記」に記載されている。

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2009年04月29日 13:37に投稿されたエントリーのページです。

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